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吉田庫三(くらぞう)初代校長 紹介

 吉田庫三は、松陰の妹・千代の息子として、慶応3(1867)年に生まれ、吉田松陰が刑死後、安政の大獄大赦によって再興された吉田家を、11歳の時に第11代として相続。

 7歳のときに松下村塾に入り、松陰の叔父の玉木文之進の教えを受け、12歳でその課程を終えた。その後、私塾西鄙黌(せいひこう)で学び、 明治15(1882)年、15歳の時上京して、二松学舎に入学した。ここに2年間在学し、本格的に漢学を学んだ。福永淑人に従い国史・国文を修め、法学博士末岡精一に従い法制を修めた。 また三島中州(ちゅうしゅう)に従い文章を研究し、同時に、森槐南(かいなん)について漢詩を研究した。さらに、高嶺秀夫に心理・教育の教えを受けた。

 明治23(1890)年、22歳の時、吉田庫三は学習院で初めて教鞭をとった。以後、高等師範学校中学科、陸軍幼年学校等で教え、明治28(1895)年には、 従七位を授与された。明治30(1897)年から商船学校(現東京商船大学)で教えた後、明治32(1899)年6月30日、31歳の時、鳥取県第一中学校(現鳥取県立鳥取西高校)の第14代校長に任命された。 翌7月には文官普通試験委員を命ぜられている。

 明治34(1901)年、神奈川県第二中学校初代校長に就任。約3年間の校長在任中、「至誠無息・堅忍不抜」を校訓に、質実剛健の校風をつくることに努めた。

吉田家の関係図

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